よろず相談所 スタッフブログ

国家5士業が立ち上げた合同会社ANTHEMが監修する「インターネットよろず相談所」 弁護士・司法書士・税理士・行政書士・社会保険労務士のスタッフブログ

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みのもんたが叩かれているが

弁護士の寺田です。

強い者には弱い、弱い者には強い。これは最も恥ずべきことです。
そういう点からすると、みのもんたを叩くマスコミは、どうなのでしょうか。
これまで散々すり寄って、もうけさせてもらったはずなのに、ひとたびピンチに陥ると、よってたかって批判するというのは、いかがなものでしょうか。

マスコミはみのもんたに、「親である自分に責任がある」と言わせたいのでしょう。
しかし、そんな言葉は全く無意味です。

「責任」といってもいろいろなレベルがあるはずで、みのもんたに、今回のことについての法律上の責任(民事責任、刑事責任)がないことは明らかです。
そうすると、どういう責任なのでしょうか。
そういう子供を産んだことについての道義的責任でしょうか。さすがにそれはあり得ないでしょう。
育て方についての道義的責任でしょうか。一体マスコミはみのもんたの子育てについて何を知っているというのでしょうか。というよりも、子育てについて他人を批判できる資格のある人などいるのでしょうか。誰もが子育てについては多かれ少なかれ失敗しているはずで、結果的に何事もなかったにすぎないはずです。みのもんたの子育てを批判したいという人は、要は、単なる「ねたみ」でしょう。

そうすると、「責任がある」などと言ったところで、全く無意味なリップサービスにすぎないのです。
そんなことを、マスコミはみのもんたに言ってほしいのでしょうか。

質問する記者もレベルが低すぎ。

「親としてどこが間違っていた?」とはどういう質問なのでしょうか。
「はい、〇〇と△△が間違っていました」などと答えられると思っているのでしょうか。そういう単純なものではないはずです。これまでの数十年にわたる子育てを振り返って、「間違っていたのはここです。だから子供が犯罪を犯したのです」と説明できるとしたら、逆におかしいでしょう?

「息子さんにひと言」というのも何なのでしょう。
最近の記者は、決まり文句のように「この喜びを誰に伝えたいですか?」、「何と伝えたいですか」などと聞きますが、間抜けすぎます。そんなことは、その場になってみないと分からないに決まっているじゃないですか。ついでに言えば、「あなたにとって仕事とは?」のような質問も、答えようがなく、レベルが低すぎます。そんなこといちいち考えている人はいないし、一言で言えるものでもありません。

記者はそんなに偉いのでしょうか?
ああいう場で偉そうに質問したり問い詰めたりする人というのは、一体どういう神経をしているのかなといつも思います。

みんなそんなにみのもんたに興味があるのでしょうか?
嫌いなら放っておけばよいだけのことで、なぜよってたかっていじめるのか、私には理解できない感覚です。

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人に厳しく自分に優しい

弁護士の寺田です。

有名ホテルのレストラン等でのメニュー表示が事実と違っていたとか。
まあそれはそれで悪いことです。

報道によれば、苦情の電話が数百件あったとか。
一体どういう人が電話するんでしょうか。
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」
電話する人は、「罪を犯したことのない者」なんでしょうね。

「ホテルだから安心と思っていたのに・・・。もう信頼できない」と70代女性が憤ったとか。
一度間違いを犯したからといって、「もう信頼できない」ですか・・・。
人間誰しも間違いを犯して、許されて許されて生きているのに。

まあ、何でもかんでも許せばよいというわけではないですし、そんなことを言っていては世の中がめちゃくちゃになってしまうことは分かります。私も仕事をしていますから、仕事においては特に過ちは許されないものであることも分かります。

とはいえ、他人の過ちを見つけたら徹底的に叩こうとするマスコミ、それに乗っかって自分=正義であるかのように振る舞おうとする一般の人々など、この国を覆う重苦しい雰囲気が、私は嫌いです。

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人間は弱いもの

弁護士の寺田です。

つくづく、人間は弱いものだと思います。
本当に弱いものです。私を含めて、すべての人間が。

例えば、以下のような点はどうでしょうか。

■ 決めたことを継続できない
■ 見栄を張ってしまう
■ 他人の成功や幸福を、心からお祝いしているようなフリはしているが、ねたむ思いを捨てきれない
■ 自分が上にいるときは「世の中には平等でないこともある」と思うが、自分が下にいるときは「平等であるべきだ」と思う
■ 競争試験に勝ったときは「競争が当然」、「よい問題だった」と思うが、競争に負けたときは「競争はだめだ」、「今年だけ難しかった」と思う
■ 迷った場合、しんどい方を選ぶのが正しいことが多いということは分かっているが、楽な方を選んでしまう
■ 「一生忘れません」などと言っていても、そのときは本当にそう思っているかもしれないが、実際には数ヶ月持てばよい方で、数日で忘れることもある。人間とはそういうものです。
■ 「一生かけて償います」、「一生反省します」などと言っても、そのときは本当にそう思っているかもしれないが、実際には数ヶ月持てばよい方で、数日で忘れることもある。人間とはそういうものです。
■ わずか5分や10分が待てない
■ もらえるお金がわずか500円足りないだけでも心が落ち着かなくなる
■ 「お金の問題ではない」、「誠意が大切」などと言っていても、実はほとんどの問題はお金で解決できる
■ 電車や飛行機が少し遅れただけで文句を言ってしまう。VIPではないのだから実は大した予定でもないのに。
■ 他人が悪口を言われていたら「無視しとけばいいんだよ」とアドバイスしても、自分が悪口を言われた場合には無視できない。
■ 空き時間にスマホを見てしまう。別に見なくてもよいのに。
■ たった10分の早起きができずに車の中で化粧したりひげを剃ったりする
■ 他人を許すことができない。重大なことでも、ささいなことでも。
■ 遠いアフリカの飢餓はかわいそうだと思うが、目の前で困っている人を助けることができない
■ 自分の利益が害されそうなときは、目の前で困っている人がいても見て見ぬ振りをしてしまう
■ 本を読まない理由について、「時間がないから」、「読みたい本がないから」などと嘘をつく
■ 自分のためならブランド品や高級車は買うが、学校への寄付となると1000円でも出し惜しみする。子供がお世話になっている学校なのに。
■ 災害のニュースを見て、口では「明日は我が身」と言うが、本当は、自分は大丈夫だと思っている

などなど、人間は、本当に弱いものです。

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品川ナンバー=ブランドなの?

弁護士の寺田です。

自動車のナンバーで、「ご当地ナンバー」というものがあります。
東京都世田谷区が新設を要望する「世田谷」ナンバーについて、反対派の住民らが、今年8月1日、国交省に対して、世田谷ナンバーを認めないように求める訴訟を東京地裁に起こしました。このことは、皆さんも新聞等でご存じのことと思います。

何とも珍しい訴訟ですが、要するに、「ブランド価値の高い『品川』ナンバーを手放したくない」というのが本当の理由のようです。
それにしても、「品川」ナンバーのブランド価値が高いとは・・・本当なのでしょうか。

弁護士としては、住民側の代理人弁護士が、「品川ナンバーはブランド価値が高い」ということをどうやって立証するのか、非常に興味深いところです。
「品川ナンバーはブランド価値が高い」ということは、裏を返せば「それ以外のナンバーはブランド価値が低い(又はブランド価値など全くない)」ということを意味するのであって、要は、「福井」とかの田舎のナンバーはダサい、東京の中でも「練馬」なんてのは田舎くさい、「世田谷」もかっこ悪い、やっぱり「品川」が都会的で一番かっこいい、ということにほかならないわけです。そういうことを堂々と主張するというのは、まあ、私の趣味ではありません。

ニューヨークとか、ロンドンとか、パリとかならともかく、「品川」ですからね・・・
世の中平和だというか、何ともやるせない訴訟です。

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北陸新幹線「かがやき」か・・

弁護士の寺田です。

先日、北陸新幹線の愛称が「かがやき」となったとの報道がなされました。
「輝く光のようなスピードのイメージ」というのが理由とのことです。

最初の東海道新幹線でいきなり「ひかり」(光)、「こだま」(音)という切り札を使ってしまったわけですが、光速や音速よりも速い新幹線などあり得ないわけです。
そういう理由かどうかは知りませんが、それ以降の新幹線の愛称は、速さ系の名前ではなく、鳥や名所等の名前(はやぶさ、とき、つばめ、あさま等)になっていることは皆様もご存じのとおりです。
今にして思えば、「ひかり」、「こだま」というのは、速い電車を作ったことの喜びが素直に表現されたよいネーミングというべきでしょうね。

「のぞみ」というのもよく分からない名前でしたが、今回は、それと同系統の「かがやき」。
命、絆、勇気、元気、感動、希望、夢などの言葉が軽々しくあふれかえっている現代日本社会ですので、この「かがやき」も、そうした文脈とよくマッチするのでしょう。
こうなると、「かがやき」の次は、「きらめき」、「ときめき」などという方向に流れていくのでしょうか。果ては「きぼう」、「げんき」、「ゆうき」とか。
そもそもこうしたひらがなの名前にこだわる理由も不明ではありますが、それにしても「かがやき」というのは、いかがなものでしょうか。もちろん、だからといって私に何か妙案があるわけではございません。

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連休も終わりました

弁護士の寺田です。
連休も終わりましたね。今日から仕事再開という人も多いと思います。
仕事ができる喜びを感じつつ、張り切って頑張りましょう。

連休中は全国的によい天気でしたが、現在、今年最大の台風が接近しているとのことで、今後、荒れた天気になると思われます。台風の影響を受ける地域の皆様は、どうかお気を付けください。

ところで、今年の8月30日から、気象庁は、これまでの「警報」のさらに上を行く「特別警報」という警報を新設し、その運用を開始しました。この「特別警報」が出されると、気象庁は、「ただちに命を守るための行動をとってください」というアナウンスをします。早速9月16日には、全国初の特別警報が福井県に出され、「ただちに命を守るための行動をとってください」という言葉が連呼されました。

この「ただちに命を守るための行動をとってください」という言葉、皆様はどう思われますか?
最初こそ新鮮だったものの、早くも陳腐化してしまったというのが私の感想です。
記者発表において担当官が心のこもらない話し方をしていることも大きいと思いますが、そもそもこのフレーズ自体があまりにも子供じみているというか、安っぽいイメージのフレーズであることが最大の問題です。「命を守る行動」と言ってもあまりにも漠然としていますし、何となく説明調であり、切迫感が伝わってこないと思うのは私だけでしょうか。それよりもむしろ、「厳重に警戒してください」の方がよほど緊迫感が漂っているように思われます。
「命」・「いのち」という言葉が最近乱用されていることは皆様お気づきのことと思いますが、ついに気象警報にまで「命」・「いのち」が入り込んできたわけです。私としては、「命」・「いのち」という言葉を乱用することなく、より適切な言葉を用いていくべきだと思います。

ところで、最近、いじめで子供が自殺するなどの痛ましい事件が多く起こっています。
こうした事件が起きるたびに、校長先生などが、「子供達に命の大切さを伝えていきたい」などと話すシーンがテレビに流れます。それはそれで素晴らしいことだと思いますが、一体全体、どのような方法で「命の大切さ」を教えようというのでしょうか。そもそも「命の大切さ」なるものを学校で教えることなど可能なのでしょうか。「なぜ命は大切なのか」と問われた場合、一体どのように答えるのが「正しい」のでしょうか。
かくいう私自身、「命は大切だ」ということは頭の中では分かっているつもりですが、なぜ大切なのかと問われると、何とも答えようがなくなってしまいます。「命の大切さ」は、何か本を1冊読めば分かるというものでもないですし、こういう話を聞けば分かるというものでもありません。私自身は、自分が子を持つ親となってようやく、命の大切さを実感できたという気がします。とはいえ、それで本当に全人類的な「命の大切さ」を理解したといえるのか、単に「我が子の命の大切さ」を理解したにすぎないのではないかと問われれば、確かにそうかもしれません。我が子の命が大切であるということは子を持てば誰でも分かることですから、校長先生が言うところの「命の大切さを教える」というときの「命」は我が子の命ではなく(それも含むのかもしれませんが)、より広く「他人一般の命」という意味なのでしょう。とすれば、そうした広い意味での「命の大切さ」をどのように教えるのか、私もぜひ教えてもらいたいと思います。

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「分かりやすく説明してほしい」って・・・

弁護士の寺田です。
TPP、消費増税、国防軍、憲法解釈変更・・・
難しい問題が多い昨今にあって、ワイドショーや新聞などでよく見聞きする言葉が「分かりやすく説明してほしい」。これは一体どういうことなのでしょうか。

そもそもこうした問題を、予備知識のない人に対して分かりやすく説明することなどまず不可能であり、まずは自分で本を読むなどして一定の予備知識を身につけることが不可欠です。そうした努力を何もせずに、単に座っていれば誰かが分かりやすく説明してくれるであろう、などと期待するのは全くの幻想というべきでしょう。

さらにいえば、「分かりやすく説明してほしい」などというのは、すなわち、「私はその点について興味もなく、知ろうという努力もしていません」と宣言しているに等しいものなのです。

例えば、東京ディズニーランドに遊びに行くとしましょう。
誰もが、事前にガイドブックを読んだり、インターネットで各種サイトや口コミ情報を調べたり、友人知人に相談したりなど、あらゆる準備をするはずです。「東京ディズニーランドについて私に分かりやすく説明してくれなかったので分かりませんでした」と言い訳する人は1人もいません。やろうと思えば自分でいろいろな情報を入手できるのです。TPPにしても国防軍にしても、一般向けの入門書は多数発売されていますし、インターネットでも山ほど情報を入手することができます。その気になれば十分に情報は入手できるのです。にもかかわらず、なぜかこういう問題に関しては、自分では何もせずに、「分かりやすく説明してほしい」というように他人に責任をなすりつけてしまうわけです。

というわけで、私としては、上記のような問題について、「分かりやすく説明してほしい」などという言葉を人前で口にするのは、自分でできることは十分にやり尽くしたという思いがある場合に限られるべきであると思っています。分からないのであれば、「分かりやすく説明してほしい」などと人のせいにするのではなく、「不勉強のため分かりません。申し訳ありません」と答えるべきでしょう。

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東京オリンピックやるの?

弁護士の寺田です。

2020年に東京オリンピックが開催されるということで、一部の人たちは盛り上がっているようです。
オリンピックを開催することができるということは、一定の国力があるということでしょうから、確かに喜ばしい面があることは否定できません。

しかしながら、東京でオリンピックが開催されたからといって、「日本が元気に」なったり、「勇気」をもらったり、ましてや「被災地が元気に」なったり、「勇気」をもらったり、などというきれい事が実際にあるものなのでしょうか。オリンピックなんてどうでもいいから早く自分の住むところを何とかしてほしい、オリンピックなんてどうでもいいから早くもとの仕事に戻りたい、というような考えを持つのがむしろ普通なのではないでしょうか。衣食住が満たされた上で初めてスポーツ観戦という娯楽を楽しむ余裕ができるのであって、衣食住が満たされていないのに、スポーツ観戦で「勇気」や「元気」をもらいましょうなどというのは、既に安全地帯にいる人による全くの戯れ言としか私には思えません。

近頃日本に蔓延する「勇気をもらった」、「元気をもらった」、「夢」、「希望」などという空虚な言葉の数々。原発事故は全く収束せず、東京だけが一人勝ちし、少子高齢化が進む日本で、一体どのような夢や希望があるというのでしょうか。オリンピックが終わった後、日本には一体何が残されるのでしょうか。

リニアモーターカーも、私にとっては悪い冗談としか思えません。この地震だらけの狭い日本でそんなものに乗ってどうしようというのでしょうか。しかも人口は減り、若い人が減るのです。一体誰が維持していくのでしょうか。

などと愚痴ばかりになってしまいましたが、本当に日本など脱出したいと思う今日この頃です。

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消費税アップ

皆様こんにちは。弁護士の寺田です。
大変ご無沙汰してしまいました。

ついに来年4月から消費税が8%になりますね。
まあ、一般家庭にとっても支出の増加は痛いところですが、企業経営者にとってはさらに切実な問題だと思います。

ところで、ワイドショーなどで目にする「消費税の増税は必要だと思いますか?」というたぐいの街頭インタビューですが、これは一体どういうつもりなのでしょうか?
そもそも消費税の増税が必要かどうかを判断するには、将来の人口動向なども見据えた国家の収支についての専門的な知識が必要なはずであり、私を含めた一般国民がそんな判断をできるとはとても思えません。そうした専門的な判断をするために、政治家がおり、官僚がおり、エコノミストなどの専門家がいるわけです。一般国民にこのような街頭インタビューやアンケート調査をしたところで、「出費が増えるのは嫌だから反対」、「増税の前に切り詰めるところがあるはずだ」などという無意味なコメントをすることしかできないはずなのです。私がもしそうした質問を受けたら、「意見を述べるための前提知識が欠如しているので分かりません」と答えると思います。

皆様はいかがでしょうか。

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